フォト

amazonで欲しい物検索

Amazon

UNIQLO

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2006年8月6日 - 2006年8月12日 | トップページ | 2006年8月20日 - 2006年8月26日 »

2006年8月13日 - 2006年8月19日の10件の記事

2006年8月19日 (土曜日)

空き大型店舗に市庁舎移転で節約…来秋にも青森・むつ

リンク: Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 空き大型店舗に市庁舎移転で節約…来秋にも青森・むつ.

お隣のむつ市では昨年、アークスプラザ(旧ダイエーフランチャイズ)という大型ショッピングセンターが倒産
今年もやはりキノシタという大型スーパーが倒産したばかりです。

続きを読む "空き大型店舗に市庁舎移転で節約…来秋にも青森・むつ" »

お祭り

今日は、昨日の雨で順延になった地元の神社のお祭りです。

お神輿がでて、わっしょいわっしょい!というスタイルではなくて
ただ行列を作って行進するスタイルです。
京都の葵まつりとかのイメージです。

Dsc03260 最近は山車の代わりに軽トラックが大活躍。




 


Dsc03265 神主さまも今日は馬に乗っての参加です。
こちらでは神主さんとは呼ばないで別当さまと呼んでいます。
桧木(ひのき)八幡神社という名前なので、源氏の系統から由来しているのでしょうか・・・。








 
 

Dsc03263 かわいいポニーも随行します。


 

 
 

Dsc03267
Dsc03274





 

Dsc03269
こちらは”鼻天狗”と地元の人が呼んでいる天狗様で、高い下駄を履いています。そのため、ある意味この行列の行進スピードの基準?となっています。

小さい子供にとってはナマハゲ並みの恐ろしさを感じるみたいです。

Dsc03259







2006年8月18日 (金曜日)

本当に久しぶりの雨ですが・・・

今朝は、ずっと開けっ放しの窓から冷たい風と
雨が吹き込んできて目が覚めました。
前線の影響で雨が降ると前夜の天気予報で言っていた通り雨が降りました。

もうまともな雨は1ヶ月ぶりです。
これで畑の作物も少しは水分補給できると思います。
よかったよかった・・・。

でも同時にもなっています。
青森に引っ越してきて雷が益々苦手になりました。
窓から雷光をみていると、
東京では人口が多いので
落雷にあう確立はとってもとっても低いのですが
人口5千人弱のこの町ではなんとなく
その確立が高くなるのではと
何の根拠もないのですがただただ怯えています。

周りに高いビルや建物がないので
稲妻もはっきり見えるのがとっても嫌です。
おまけに採光を考慮して窓を多くしたので
家の中まで稲光が入ってきます。

遮光カーテンにしても吹き抜け部の高い場所の窓や
天窓にはつけられないので意味がありません。

実際に去年はすぐ近くに落雷があったようで
Yahoo!BBのモデムに落雷の瞬間
電気のスパークが入る瞬間を目撃しました。
ちょうど雷が激しくなってきたので
モデムに繋がる線を外そうと
近づいた時だったのでびっくりしました。
間一髪といったところでもうちょっとで
電気ショックを受けてしまっていたかも知れません。

それ以来、一層、雷が怖くなりました。
おまけに外から見ると分るのですが
うちの屋根がここら辺の家では一番高さがあるようです。
2階のロフトを作った為また勝手に積もった雪が落ちるように
急な勾配をつけたため屋根が高くなってしまっています。
我が家の家も含めて3階建ての家は建っていないのですが
だれか近くに建ててくれればいざという時には
そっちに落ちてくれるかも・・・。

しかし昨日の雷雨はけっこう強くて
県内でも津軽地方を中心に記録的な大雨になって
観測史上最高の1時間あたりの降水量を記録した場所もあります。
JRも大雨の影響で区間運休になり夏休みの帰省客などの影響が出てしまいました。

当町の神社のお祭りも明日に順延となりました。

東奥日報新聞の関連記事

2006年8月17日 (木曜日)

ニュータンタンのタンタンメン【川崎名物】

先日、上京した際に33年間、生まれ住んだ川崎を訪れました。
慣れ親しんだ味も数多くありますが
今回は川崎(南部地区限定?)名物
元祖ニュータンタンメン本舗タンタンメンを食べようと本店のある京町へ・・・

ここは我が母校 県立川崎高校のすぐそばです。
高校生のときは部活の帰りや、登山の帰りによく食べました。
川崎の南部に住む人にたんたん麺といえば
中華の坦々麺ではなくて
この元祖ニュータンタンメン本舗タンタンメンをイメージするでしょう!(多分)

Pap_0007 かなり大き目の器に赤いスープ。
中央の赤色とスープに浮かぶ赤色は唐辛子の粉です。
坦々麺と決定的に違うのは辛い肉味噌ベースではなく、塩味の卵スープがベースになっていてニンニクがたっぷり入っているところです。
一度食べれば病み付きになります。
大きくなってから中華の坦々麺を注文して出てきたものに驚いた記憶があります。それくらい地元民にはポピュラーな食べ物です。
横浜が発祥とされるサンマー麺より更にエリアが限られて川崎市なら南部の川崎区、幸区、中原区、お隣の東京都大田区蒲田、横浜市鶴見区あたりが食べられるエリアかも。

たまにニンニクの塊がゴロッと入っていたりして、川崎にいたときは、チョット風邪気味かな?というときは会社帰りにいつものバスと違う路線にのってこのタンタンメンを食べにきました。けっこう効きますが、無臭ニンニクではないので一晩寝ると翌朝部屋中がニンニク臭で充満していたりして・・・。
翌日は気をつけたほうがよいですね!あとお尻の肛門の周りも唐辛子の影響ですごいことになることもあります。
青森では、この味はちょっと受け入れられないかも知れません。
ただ辛いだけではないので辛いのは苦手というかたでも大丈夫です。
ただ臭いとお尻の件は要注意。

豊漁祈願祭

Pa0_0023今日は、横浜町漁協青年部主催の豊漁祈願祭が行われました。

この日は、どの船も大漁旗を掲げて賑やかです。
うちも新築時に高校のクラブの後輩有志が私のリクエストにより大漁旗を贈ってくれました。
千葉の銚子あたりの業者さんの製作したものらしく立派なものです。

2006年8月16日 (水曜日)

八戸の名物駅伝

お盆休みも終わってしまいますね。
帰省でどの家も自動車が溢れて路駐の嵐でしたが
今日あたりから少なくなりましたね
狭い田舎道なので、ちょっと大変でしたが
正月休みは雪のおかげで
自動車を使っての帰省が困難なので
お盆休みくらいは多めにみてあげないとね

そんな帰省客の方々も恐らく食べたであろう
東北新幹線・八戸駅の名物駅伝といえば
「八戸小唄寿司」です。
Sa350001






  
 
全国駅弁コンクール第一位
とうたっていますが
いつの年度なのか・・・・
最近の情報だと北海道・森駅の「いかめし」が
1位という話を聞きましたが・・。

さてこの駅弁は紅鮭と鯖の押し寿司で
三味線の胴の形の弁当箱に入っています。
押し寿司なので切って小分けにして食べますが
この弁当には三味線のバチの形のへらが
付いていますのでこれを巧みに使って
小分けにして食べます。

Sa350002






 
 
 

私は地元にいながら実は食べたことがありませんでした。
昔は押し寿司は苦手だったので
食べたいとも思わなかった駅弁ですが
富山の美味しいますのすしを食べてから
押し寿司も食べられるようになりました。

ちょうど東京から帰る途中
新幹線で八戸まで来て在来線特急に
乗り換えた車内販売で購入しました。
家についてから夕飯代わりに食べたのですが
驚いたことに製造時間が車中で買った時間の
僅か30分ほど前。
文字通り出来立ての駅弁の味は最高に美味しかったです。
ガリがよいアクセントになっていて
本当に久しぶりに美味しい駅弁を食べました。
今度から東京へ行く途中の新幹線の車内ではこれを食べようと思います。

2006年8月15日 (火曜日)

尻屋のまぼろしの灯台の話~終戦記念日にあたり~

本州の外れのこんなところにも太平戦争末期には米軍のグラマン戦闘機がたびたび飛来したようです。

下北半島には軍港・大湊 (現:海上自衛隊大湊地方総監部)が あり、ここが米軍の標的になっていたようです。
横浜町を通るJR(国鉄)大湊線は、この大湊の海軍基地に軍事物資を運ぶ重要な役割を果たしていたものと思われ列車も米軍機の機銃掃射を受けていました。

戦争末期、うちの母親は今でいう小学校5,6年生で、このグラマン戦闘機の機銃掃射を受けたこともあるようですが、本人の語る様子は、沖縄戦や東京大空襲を体験した人が語るような悲惨さは微塵もなく、まるで面白がっているようです。
米軍機パイロットも本気で住民を機銃で狙ったのではなく、ただ逃げ惑う様子が面白くて撃ったのではないでしょうか?
それほど戦争末期の米軍は余裕があったということです。
(今のイラクとおなじ)

ただし命がなくなっていたかも知れないという話もあります。
いつも避難する防空壕に爆弾が落ち、幸いそのときに限って別の防空壕に避難していて危うく難を逃れたというも話です。
これは前日に誰かがこの防空壕が狙われている様子があるといったのを受けて、別の防空壕に逃げたそうです。
また近所のおばさんは当時、まだ小学校低学年で運悪く山の上で米軍の機銃掃射にあい、必至で隠れた草むらでおびただしい毛虫を目にしていらい今も毛虫が全くダメになってしまったそうです。

さて下北半島の北東の端に尻屋崎灯台という古い灯台があります。
明治9年完成のレンガ式灯台で日本初の電灯(アーク灯)を光源にした灯台です。

この灯台も戦争末期にはたびたび攻撃目標にされ艦砲攻撃まで受け遂に職員1名が殉職されています。
その際、灯台の機能も停止(故障)してしまったのですが、明かりの点かないはずの灯台に夜な夜な小窓に明かりが灯るという噂がながれ、実際に灯台の職員も確認したそうです。
やがて一人の漁師が
「夜、船が故障して困ったいたら
この灯台の明かりに導かれ無事、海岸に漂着できた」と
お礼を言いにやってきたそうです。
もちろん灯台は故障中なので、この漁師が見た明かりは例の噂の明かりということになり、これは殉職者の霊だという噂が広まり「まぼろしの灯台」と呼ばれるようになったようです。
今では地元の人間でもこの騒ぎを記憶している人は少ないようです。

Dsc03214今では
この尻屋崎灯台の下に
寒立馬(カンダチメ)という
放牧馬が牧草を
食べるのどかな風景が
広がっています。

水不足

今年の夏は梅雨の間からずっと下北地方は、雨不足です。
ちょうど私が東京から戻った夜に小雨がふってから
今日まで雨が降っていません。

津軽地方も農業用水が不足して
何年ぶりかの輪番制をとっているようです。
今朝は上流の小さな滝を見に行ったのですが
水量がいつもの夏よりもかなり減っていました。
ちょっとやばいかも・・・・・。

我が家の家庭菜園も家の敷地内の畑は
朝晩の水遣りで何とか対応していますが
借りている山側の畑は水の便がもともと悪く
家からポリタンクや焼酎の4Lペットボトルに
水を入れて軽トラで運んでいますが
焼け石に水状態です。
畑の土も砂漠の砂状態で足が埋まるようです。
いい加減、雨が降ってくれないと本格的な水不足になって
給水制限なんてことになるかもしれません。

生まれ育った川崎は水には恵まれていて近隣市町村が
水不足で給水制限をしているときも影響はなかったのですが
ここに来て人生初の給水制限の機会が訪れるかもしれません。

2006年8月14日 (月曜日)

お祭り準備

今日は早朝5時集合で町内のお祭り飾りの
飾りつけ作業がありました。

日中の炎天下より早朝作業の方が最近はありがたいです。
神社のご神体を乗せた車が通る沿道に荒縄を両側に
延々と張る作業がメインです。
当町内会はかなり結束力があるというか
共同作業に関しては出席率が高いです。
ちょっと前までは不参加の場合はペナルティ料を徴収していたのですが
参加率が毎回高いので、このペナルティ料は最近は免除されているようです。
もともとは不参加家庭の増加抑制のためだったのですが
どうやら当初の目的は達せられているようです。

さて、この縄を張ると車の出入りの障害になったりするのですが3日ほどの我慢です。
大型の車両や宅急便のトラックなどは縄をくぐれないので配送ドライバーさんにとっては煩わしい縄でしょう。

今年は後片付けの当番なので大変です。

また今日は川崎時代の高校の後輩が
北海道ドライブの帰りに当家に宿泊。
今夜は夏祭りの一環の花火大会当日です。
ちょうど庭からの眺めが花火見物にはもってこいなので
久しぶりに夜、ジンギスカンを庭で食べながら
花火見物をしました。

2000発ほどの花火を1時間にわたって打ち上げます。

下北でも大きい花火大会になります。
でもこのイベントが終わるとあとは来春の
菜の花フェスティバルまで主だったイベントはないので
ちょっと寂しいですね

2006年8月13日 (日曜日)

お盆休み

今日は、お墓参りの日

ここの習慣では、お墓参りに持参した供物を
その墓前で食べきらないといけないことになっています。
だからどのお墓の前もちょっとした遠足のように
血縁縁者みんなで飲み食いしています。

お墓がちょうど寺の裏手でJR大湊線の線路下なので
列車から見下ろされる場面もあり
何でこんなに賑やかなのかと
不思議に思うたびの人もいることでしょう。
Pa0_0013_1
 我が家の墓は墓地の
 一番外れにあるので
 文字通り線路の真下。
 大湊線のキハ100形
 気動車が帰省客を
 乗せて走っていきます。

【ご用心!青森の赤飯】
先日、関東に住んでいる親戚が遊びに青森に来ました。
途中、道の駅でお赤飯を買ったのですが
実は青森の赤飯は甘~いのです!
砂糖または甘納豆(小豆の代わり)が入っているからです。
多少の甘さなら上品な味ということにもなりますが
結構これが甘いのです。
青森も以前は一般的な塩味のお赤飯だったようですが
いつからか甘く仕立てるのが流行り今では
黙っていればこの甘い赤飯が普通の味に・・・。

さすがに関東関東育ちの私には受け付けられない味です。
これだけは何度食べてもダメですね
他県から来た人にも受けはいまいちだと思います。

全国でも青森県特有の味付けのようです。
今後、青森名物として全国区となるかどうか?
Pa0_0020
お墓参りのお供物にも必ずこの甘い赤飯がはいっています。
食べなれないとアジシオをかけないとダメでしょう。
地元の人はもう昔の塩味には戻れないといいますが・・・・。








今日もお盆休みの帰省でこの甘い赤飯をはじめて食べる人も多くいるでしょう。

« 2006年8月6日 - 2006年8月12日 | トップページ | 2006年8月20日 - 2006年8月26日 »

ニュース

  • 青森の地元紙〈東奥日報ニュース〉

社会保険労務士関連の書籍

Amazon 本のおススメ

楽天アフィリエイト

  • フォトブック

読書メーター

  • 青い森のよっちんさんの読書メーター
2015年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

フィード表示